ランダム新6

全エントリ記事の一覧

第356回
 防衛・威かく・象徴のために、本来の天守は天守曲輪のいちばん「手前」だったか (2022/8/9)

第355回
 日本人の「城の築き方」がなぜチベット周辺に酷似?―― 摩訶不思議な現象を「縄文人」DNA研究と突き合わせれば… (2022/7/18)

第354回
 いかにも移築の大天守だけが特別扱い。→家康のねらいは石田三成に対する完全否定か(封建制vs郡県制) (2022/6/26)

第353回
 家康時代の二条城天守をイラスト化 → 家康好みの複合連結式の天守は、すでに巨大な「二段式」天守台だったか (2022/6/5)

第352回
 特大の巨石「鏡石」は、実は仮想敵の目を避けつつ!自らの家臣団にのみ見せたもの? (2022/5/7)

第351回
 あえて妄言。戦国時代の堀や土塁は、急傾斜だけで「登れる・登れない」を問う場所ではなかったのでは (2022/4/17)

第350回
 有名な家康の西ノ丸天守が描き込まれたのかも……『大坂市街図屏風』の不可解な描写 (2022/3/26)

第349回
 続・再建大坂城――試しにイラスト化。保留?としての「無地」白壁づくしの天守を見上げれば… (2022/3/6)

第348回
 再建大坂城――高い天守台や本丸御殿の「位置」から感じる「大坂幕府」説へのためらい (2022/2/8)

第347回
 仮称「ステップバック天守」よりも派手?地味? 家光の寛永度天守は黒塗りに金、という秀吉流の配色にもどったのか (2022/1/17)

第346回
 理屈で言えば、天下人の天守台は、自らの居所=本丸御殿から見て「低く」築くのが当然のはずで… (2021/12/27) ★

第345回
 先行版)理屈で言えば、天下人の天守台は、自らの居所=本丸御殿から見て「低く」築くのが当然のはずで… (2021/12/18)

第344回
 深耕再論。八角=十字形八角平面(四方を見渡す中心点の造形)が天守を天守たらしめたのか (2021/11/15)

第343回
 まちがって?解体された伊勢亀山城天守。本当の原因は 将軍家光に「忠長」を連想させた織豊風デザインか (2021/10/25)

第342回
 何のための「多層」建築か?……チベットが教えてくれる本質的な答え (2021/10/2)

第341回
 窓と破風(無破風)――ゆれ動いた実用性と「発信力」との兼ね合い (2021/9/12)

第340回
 法隆寺五重塔の五重目も二間四方――法隆寺大工の中井正吉?が秀吉の天守に「奇数の柱」を持ち込んだか (2021/8/21)

第339回
 補足… 肥前名護屋城天守の通し柱(四天柱?)は蒲生氏郷の手法か (2021/8/1)

第338回
 福山城天守の「柱」構造が あの天守台跡の礎石配置に類似している、ということは… (2021/7/12)

第337回
 本当に『モンタヌス日本誌』の描写は駿府城天守のことか → 部屋数の突き合わせ (2021/6/21)

第336回
 有名な記述のちょっと困った実態。解釈の要は佐賀城天守と「二十五」天守の共通項か (2021/5/31)

第335回
 佐賀城天守も?徳川家康の(初重が書院造りの)駿府城天守をモチーフにしていたのか (2021/5/9)

第334回
 犬山城ニュースも踏まえて。高欄廻り縁の意図的な「誤解」を日本人の間に広めたのは 天守 (≒豊臣秀吉)だった!? (2021/4/19)

第333回
 初重から三段の重箱構造は「殿主+天守」の過渡的なスタイルだったのか (2021/3/28)

第332回
 「殿主と天守」を上下に合体させた原形の一つだったか? 岐阜城天主 (2021/3/7)

第331回
 どうして織田信長は自らの「てんしゅ」を「天主」と書かせたのか?という未解明の事柄でも… (2021/2/14) ★

第330回
 天守は「上げる」ものと念押しされた意義。ならば犬山城は天守を「上げ直した」城だったのか (2021/1/23)

第329回
 木子家指図の最大の衝撃――「てんしゅ」は「殿主」と「天守」が上下に合体したもの、との解釈が実在していた (2020/12/31) ★

第328回
 改定版・スピンオフ画像化/徳川家康が再建した伏見城天守も「銀」の錺(かざり)金具とすれば… (2020/12/10)

第327回
 銀山王国ニッポンを強調したのか、駿府城天守に多用された「銀」の錺(かざり)金具 (2020/11/7)

第326回
 徳川幕府の「土の城」=土塁づくりの近世城郭は、大砲時代に合わせた「最先端の」築城術ではなかったのか (2020/10/11)

第325回
 織田信長による洛中洛外「放火」事件から見た「天下静謐(せいひつ)」の具体的進展 (2020/9/20)

第324回
 関ヶ原合戦後の数年間、二条城は囮(おとり)の城だったのでは? (2020/9/1)

第323回
 【一つの結論】描かれた元和度天守の初重は「土蔵」構造!→ 天守台は低いもので穴倉は無かった (2020/8/10)

第322回
 問題の江戸城本丸「?」スペースは、大半が後の駿河大納言=徳川忠長邸という 嫌な可能性も?… (2020/7/18)

第321回
 二代将軍・秀忠時代の「元和度天守」を前回イラストに描き加えると、天守初重のねらいが浮上 (2020/6/26)

第320回
 「懸造り」追伸… 天下普請の江戸城の 大きく突き出た小天守をめぐる、もしや?もしやの可能性 (2020/6/3)

第319回
 空前絶後の策士で日和見(ひよりみ)主義者 = 日韓併合のキーマン・李完用を 韓国人は国賊と排除するばかりで良く知らない (2020/5/12)

第318回
 「見せる山城」考/断念した信長の理想?…あえて尾張本宮山の城を想像してみると (2020/4/27)

第317回
 山頂と山麓にウリふたつの懸造り天主建築か? 織田信長の相反する欲求=絶対的超越者たるも天下の面目は施したい (2020/4/5) ★

第316回
 岐阜城「大発見」追記――もうひとつの候補地と御三階櫓の見え方 (2020/3/13)

第315回
 大注目「小天守台」発見が巻き起こした 中村一氏時代か? それ以前の 徳川家康時代か?の論議について (2020/2/28)

第314回
 岐阜城で信長時代の?天守台石垣発見。だからこそ残る巨大過ぎるナゾ (2020/2/13)

第313回
 この何年もの駿府城天守台の発掘で<最大の驚き!!> 「小天守台」発見 (2020/1/21)

第312回
 伏見城天守と岡山城天守が同一デザイン?→「黒い天守」の始まりは伏見城ではなかったか (2020/1/4) ★

第311回
 続報・やはり聚楽第天守も「層塔型」か――さらに絵画史料を凝視(ぎょうし)すれば (2019/12/13)

第310回
 略画イラスト →やはり聚楽第天守も「層塔型」だったのでは? との強烈な見立て (2019/11/25)

第309回
 逃げ場のない石落し銃撃の場か… 天守台上の「空地」が激烈な戦地でも採用された理由とは (2019/10/30)

第308回
 海側も「丈間」!? 順天城天守は注目すべき 御成り天守 だったか (2019/10/6)

第307回
 続・レプリカ再論――「偽装」を犯罪として嫌う現代人の感覚から (2019/9/16)

第306回
 レプリカ再論――擬態(ぎたい)建築が横行する中国を横目に見ながら (2019/8/29)

第305回
 「自治体消滅」時代の城の風景…名古屋城天守は木造再建の “日本最後の” チャンスかもしれない (2019/8/8)

第304回
 コンクリート天守の永続化を決定づける「石垣部会」の徹底抗戦 (2019/7/24)

第303回
 近代的な意味の「国家」という二文字を創り出したのは日本人 (2019/7/9)

第302回
 低い位置の床は駿府城天守も?との見方に合致する「築城図屏風」 (2019/6/30)

第301回
 再考・会津若松城の七重天守の「懸出し」はどこにあったのか (2019/6/13)

第300回
 弾道シミュレーションから見た 小堀遠州の破風配置 (2019/5/30) ★

第299回
 『歴史道』ショック続編― 張出し(出窓)の多用は層塔型天守ならではのこと (2019/5/11) ★

第298回
 高欄廻縁を連想させる「望」も「楼」もクセ者なので… 望楼型 改め 塔屋型(とうやがた)ではどうか (2019/4/27) ★

第297回
 マラッカに攻め込んだ巨大装甲ジャンク船 (2019/4/9)

第296回
 フィリピン総督の戒厳令←原田喜右衛門が見たマニラの「手薄な防備」 (2019/3/23)

第295回
 ビスカイノの報告=駿府城天守にも「御上(おうえ)の階」が… (2019/3/9)

第294回
 <<黄金は太陽の色>>と再認識させた? 豊臣秀吉の色彩戦術 (2019/2/20) ★

第293回
 大仏殿の上に望楼を… という願望が動機だったか (2019/2/4) ★

第292回
 1600坪!!…ものすごいボリューム感だったか、家康時代の天守曲輪 (2019/1/14)

第291回
 天守と天守台の「ツギハギ復元」が続く『江戸始図』CG群 (2018/12/23)

第290回
 門井慶喜という人は、天守を語るセンスも知識も無いようだ (2018/12/9)

第289回
 米子城――並び立つ天守の、思わぬ因果応報 (2018/11/27)

第288回
【続報/駿府城】家康の「小傳主」を見おろす新式の層塔型天守が想起されてなりません (2018/11/12)

第287回
 駿府城で新発見の天守台=家康の「小傳主」を見おろす新式の層塔型天守が想起されてなりません (2018/10/24)

第286回
 チベット高層礼拝堂「クンブム」の眼からウロコの刺激的な容姿 (2018/10/6)

第285回
 ポルトガル人による組織的な大量「誘拐」事件だった、となると… (2018/9/19)

第284回
 日本人少年少女の奴隷化を止めようとした豊臣秀吉の大功績 (2018/8/30)

第283回
 予想外の連環。劇場性たっぷりの城構えは史上最高潮か=佐和山城 (2018/8/16)

第282回
 ものすごく本丸御殿側がアッサリしていた?…石川・小笠原・戸田時代 (2018/7/27)

第281回
 今度は松本城「旧天守」=創建天守のシミュレーション画像で。 (2018/7/9)

第280回
 松本城天守の最上階のナゾを追う → 注目は流転の末に旧領回復した「小笠原秀政」の意地か (2018/6/22)

第279回
 伝統工法の木造天守に「エレベーター」を要求する人々の登場 (2018/6/7)

第278回
 続・純然たる「望楼型」天守は、羽柴秀吉のこだわりが生んだ新型天守か (2018/5/28)

第277回
 純然たる「望楼型」天守は、羽柴秀吉のこだわりが生んだ新型天守か (2018/5/10) ★

第276回
 「定義」に従がうと安土城天主は「層塔型」でもOKか? (2018/5/1)

第275回
 望楼型って何? 高欄廻り縁は、昼夜を問わぬ領国監視を見せつけたアドバルーンか (2018/4/15)

第274回
 試案/天守の“塔化”進行プロセス …二重天守から巨大層塔型まで (2018/3/29) ★

第273回
 四段重ねの十字形八角平面とは… 福岡城天守の独自復元イラスト (2018/3/14)

第272回
 ベルクフリートはやはり天守ではなく「大櫓」か「千貫櫓」に相当か (2018/2/24)

第271回
 19世紀ロマン主義の再建城と戦後日本のコンクリート天守との違い (2018/2/9)

第270回
 大注目の松山城「古本壇」は二重天守の典型か? (2018/1/22)

第269回
 世界一奇妙な城!!…と思いきや。チェコのトロスキー城 (2018/1/10)

第268回
 <新設の当ブログ引越し先にようこそ!!> (2017/12/29)

第267回
 これぞ幻の「小傳主」か――『武徳編年集成』の大胆な読み直し (2017/12/14)

第266回
 当サイト復元の駿府城天守の「銅瓦」屋根について (2017/12/1)

第265回
 続『モンタヌス日本誌』→大坂城天守の記録はまさに「駿府城天守」のことか (2017/11/17)

第264回
 今回は『江戸始図』の補強になるか?『モンタヌス日本誌』の挿絵は予想外に写実的 (2017/11/5)

第263回
 さらなる『江戸始図』の補足を。「刻印」優先論との深刻きわまりないバッティング (2017/10/18)

第262回
 『江戸始図』の「小天守」はどこに消え失せたのか?? (2017/10/13)

第261回
 家康が本当に好んだ天守の姿から問う、「江戸始図」解釈への疑問点 (2017/9/29)

第260回
 「京の城」の伝統的な天守の位置 →聚楽第の「北西隅」はむしろ新機軸の異端か (2017/9/16)

第259回
 ポルトガル海上帝国と「川の城」岐阜城 →あえて「C地区」の構造的な欠陥を疑うと… (2017/9/1)

第258回
 フロイスの岐阜城訪問記には金箔の「瓦」とはどこにも書いてない (2017/8/17)

第257回
 どうして岐阜城で「織田系」金箔瓦が発見されないか (2017/8/3)

第256回
 続々・甲府城「天守」のゆくえ →金箔付きシャチ瓦も「徳川包囲網」の目印だったのか?… (2017/7/20)

第255回
 続・甲府城「天守」のゆくえ →再訪の直感、天守台「穴倉」内側も “見られること”を意識している (2017/7/8)

第254回
 甲府城「天守」のゆくえ →躑躅(つつじ)ヶ崎館の天守台との関係はどうなっていたのか (2017/6/25)

第253回
 近世城郭の「完全否定」で籠城戦に勝てたのが熊本城か (2017/6/12)

第252回
 これもコンクリート天守の「魔力」がなせる技か… 熊本城天守のすばやい解体と復旧 (2017/5/29)

第251回
 目的地は“東アジアの下克上”か?…満洲族と日本の17世紀「新興軍事政権」 (2017/5/19)

第250回
 肥前名護屋城の出現と「小中華意識」に没入した李氏朝鮮の無反応 (2017/5/4)

第249回
 「布武」には「我が道を歩む」の意味があったなら、死ぬまで「天下布武」印を使い続けたのも納得。 (2017/4/22)

第248回
 中国では古来、兵が蔑視(べっし)されて来たという『<軍>の中国史』から (2017/4/10)

第247回
 せまい本丸で聚楽第行幸は可能だったか?を図上演習してみる (2017/3/24)

第246回
 大名屋敷の面積や伝承地名をふまえて清書(リライト)すると… (2017/3/11)

第245回
 言いそびれてしまった聚楽第の話題を、一回だけ追加させて下さい (2017/2/28)

第244回
 伝二ノ丸に?「我らヨーロッパの庭園とは万事において異なるその清浄で広大な庭」があれば… (2017/2/14)

第243回
 加藤先生の新刊本はまたも、いろいろと別の考え方をインスパイアさせてくれる本でした (2017/1/30)

第242回
 探査で判明した聚楽第「外堀」は、まだ櫓等が完成していなかったとすれば… (2017/1/17)

第241回
 続報――『探幽縮図(たんゆうしゅくず)』がなかなかに興味深い (2017/1/3)

第240回
 手早く筆写された『探幽縮図(たんゆうしゅくず)』がなかなかに興味深い (2016/12/21)

第239回
 問題の「加賀少将邸」四重櫓と萩城天守の構造的な“類似”から言えること (2016/12/7)

第238回
 聚楽第天守台の謎解き【案】 →どこが天下人の「宿所」かの変遷(へんせん)から (2016/11/23)

第237回
 加藤先生の『日本から城が消える』との懸念には、もう一つのおぞましき結論も? (2016/11/6)

第236回
 信雄(のぶかつ)時代の清須城も? 外様の大大名の城はそろって「小天守」のみか (2016/10/26)

第235回
 大和郡山城天守をそのまま移築した徳川家康の「ねらい」が見えた (2016/10/12)

第234回
 「革命」は 信長→秀吉→三成 の三人で完成されるはずだった? 時空を超えた<石田三成≒大久保利通>説 (2016/9/27)

第233回
 徳川家康の画期的な着眼か→ 四方正面(八棟造り)は平城の「求心性の自己表現」にもなる? (2016/9/14) ★

第232回
 ならば聚楽第チルドレンの筆頭・天正期の駿府城には「小天守」とともに大天守もあったのか (2016/8/29) ★

第231回
 毛利輝元らは聚楽第で天守を見ていなかった!? とすれば… 広島城天守をめぐる “ぬぐえぬ疑問” (2016/8/15)

第230回
 最上階にやはり白鷺(しらさぎ)の絵 → 問題の層塔型「御三階」の構造を推理する (2016/8/2) ★

第229回
 後継者・秀次の墓穴(ぼけつ)――最大の過失は、洛中に強固な「城」を築いてしまったこと?? (2016/7/15)

第228回
 異例の側室・摩阿(まあ)姫が住んだ「京都天主」「聚楽天主」の正体 (2016/7/4)

第227回
 40m四方の天守台!? →『聚楽第図屏風』には天守が描かれていないのかもしれない… (2016/6/20)

第226回
 驚嘆、信長の「天下」観念は今日にも通じているのか… (2016/6/9)

第225回
 話題の「旧二条城」と岐阜城と小牧山城の“合体形”として安土城は出来上がった? (2016/5/25)

第224回
 続々・信長の「天下」――安土城天主は天皇の行幸殿の上にそびえ立ち、見おろしていた、とする見方の多大な影響 (2016/5/10)

第223回
 続・信長の「天下」とは――せっかく築いた小牧山城と城下をなぜ4年で捨てたのか? (2016/4/25)

第222回
 信長の「天下」とは――いつごろまで「天下布武」印を使ったのか?という素朴な疑問から (2016/4/11) ★

第221回
 続・豊臣大坂城天守も階段群が2系統 →「2系統なのは何階までか?」で各天守を区分すると… (2016/3/29)

第220回
 豊臣大坂城天守も階段群が2系統か →ならば建物の造りは「立体的御殿」のうち?? (2016/3/16) ★

第219回
 幕末、幻の大阪籠城戦での「大狭間筒vsエンフィールド銃」の勝負を夢想すると… (2016/3/1)

第218回
 幻の石山本願寺城から ブータンの要塞寺院「ゾン」へ (2016/2/10)

第217回
 続・時系列のイラストで追う豊臣大坂城 …二代目の秀頼が増築した千畳敷「二階」は広大無縁な真っ暗闇か (2016/1/26)

第216回
 時系列のイラストで追う豊臣大坂城の姿 …最大の謎「千畳敷は地震で倒壊したのか?」を焦点に (2016/1/11) ★

第215回
 正確な極楽橋の描写は、瓦葺きではなく、総「檜皮(ひわだ)」葺きで描いた方か (2015/12/24) ★

第214回
 前回記事の部分訂正=「文献どおりの豪華さ」は極楽橋ではなくて千畳敷に付設の廊下橋のはずなので… (2015/12/11)

第213回
 オーストリアの大坂図屏風に見て取れる“豊臣残党狩り”の影? (2015/11/30)

第212回
 議論があった<江戸城の表門は半蔵門>説との関連で申せば… (2015/11/17) ★

第211回
 宿題の“本丸北部説に対する反論”を申し上げますと… (2015/11/1)

第210回
 名古屋城や八代城とまるで同じ形式?… 江戸城「元和度天守」も本丸の北西隅の連結式天守だったか (2015/10/18)

第209回
 拡張された江戸城本丸の北部に「元和度天守」はあった、という定説に対する疑問を少々 (2015/10/2)

第208回
 元和度「五重天守」の建造と同時進行で、西ノ丸に隠居した二代将軍・徳川秀忠 (2015/9/18)

第207回
 歴史的発言にまつわる疑惑 …保科正之の「天守はただ観望に備うるのみ」の「観望」は古語には存在しない語句!!? (2015/9/4) ★

第206回
 釈明を兼ねた独自仮説――沼田城には関東の「北辺」を守備する四重五階の天守がそびえていた (2015/8/21)

第205回
 伝説の「静勝軒」と同じ景勝を…… 関東の「御三階櫓」の建築的条件は富士山や筑波山の眺望のみ? (2015/8/11)

第204回
 譜代大名があこがれた「富士見櫓」は太田道灌の江戸城の「高台」だったとすると… (2015/7/26)

第203回
 続・臣下の五重天守をめぐる印象論 →海外への拡張政策の道を閉ざされた天守配置の様変わり (2015/7/10)

第202回
 臣下の五重天守をめぐる印象論=天下人の府城からの「距離」は関係していなかったのだろうか (2015/6/27)

第201回
 精神的には岐阜城の山頂天守の方が安土城よりもラジカルだったか… と思わせる織田信長の問いかけ (2015/6/12)

第200回
 「シロ」(城)は「キャッスル」と兄弟関係にあたる外来語!!!という驚天動地の異説 (2015/5/29)

第199回
 話題の真田丸→ 千田案・ジオラマ・坂井案・歴史群像6月号と色々と出たなかで… (2015/5/16)

第198回
 いわゆる「唐造り」は本来、意匠なのか? 防御装置なのか? (2015/5/2)

第197回
 どうも気がかりで急拠UP <佐賀城天守も天守台上に「空地」がめぐっていたのでは…>という心に消えない疑問 (2015/4/21)

第196回
 そして岐阜城の山頂天守と策彦周良(さくげん しゅうりょう)を結びつけると… (2015/4/3) ★

第195回
 岐阜城の劇的な高低差こそ「立体的御殿」を一段と進化させたはず (2015/3/20) ★

第194回
 例えて言えば織田信長の天鏡閣?…岐阜城千畳敷C地区の御殿をめぐる妄想 (2015/3/7)

第193回
 名古屋城の新・旧天守における「階段」とエレベーターの使われ方 (2015/2/21)

第192回
  糸杉が描かれた「死の島」と大坂夏の陣図屏風の天守 (2015/2/3)

第191回
 【続報!!】予告のリポート「秀吉の大坂城・前篇」がWeb形式になりました (2015/1/23)

第190回
 【お知らせ】2008年の「渾身の第1弾リポート」がWeb形式になりました!! (2015/1/1)

第189回
 続・豊臣秀長の遺産…“オール礎石”の石垣へ!? 城郭の「切石」普及のきっかけをめぐる夢想 (2014/12/15)

第188回
 豊臣秀長の遺産…雄大な「帯曲輪」や「切石」も継承されたのか (2014/11/28)

第187回
 あえてイラスト化する「初めて見た四方正面の天守…」徳川家康の心象風景 (2014/11/10)

第186回
 世紀の大予言 的中。話題の大和郡山城の発掘成果では「新たな注意点」も (2014/10/21)

第185回
 ついに2013−2014年度リポートをアップしました!! (2014/10/4)

第184回
 世界の中での「天守」…西欧の美しい城館は決して領民に見せるための建築ではなかったということ (2014/9/15)

第183回
 世界の中でのニッポンの「天守」 (2014/9/1)

第182回
 続々「金頂」の御座としての最上階…正体不明の「鐘」はついに一度も鳴らなかった? (2014/8/17)

第181回
 続「金頂」の御座としての最上階 永楽帝のタワーリング・パレスとの比較から (2014/8/4)

第180回
 「金頂」の御座としての最上階を想像する (2014/7/19) ★

第179回
 六重目(五階)の「千本の矢」…スサノオを天で待ち受ける軍装のアマテラス (2014/7/7) ★

第178回
 再吟味!「五重め(四階) 御絵ハなし」の実相 (2014/6/23) ★

第177回
 ならば立体的御殿の三階は「茶の湯御政道」の本拠地か (2014/6/9)

第176回
 立体的御殿における「御上」(おうえ)の存在感 (2014/5/25)

第175回
 続・幻の福岡城天守と「切妻破風」 …空とぶ絵師は何を描いたのか (2014/5/11)

第174回
 幻の福岡城天守と「切妻破風」をめぐる戯れ言(ざれごと)をひとつ (2014/4/26)

第173回
 高精度VR安土城“コンペ落ち企画書”より もう時効でしょうから記事にいたしますと… (2014/4/12)

第172回
 階段の位置が示していたはず?の「立体的御殿」の使い方 (2014/3/30)

第171回
 「立体的御殿」出現のメカニズムを解く? 天主取付台の見直し (2014/3/17)

第170回
 小牧山城でおぼろげに感知できる立体的御殿(天守)造型のDNA (2014/3/3) ★

第169回
 天守は「台」の方が重要かもしれない、という観点から小牧山城の歴史的発見を見れば… (2014/2/17)

第168回
 いよいよ論議すべき、「復元」ではなくて「仮想再建」だという実態 (2014/2/2)

第167回
 ひと目でわかる、江戸城の寛永度天守台と現存天守台はまったくの別物 (2014/1/19)

第166回
 名案か!!【天守「木造化」宝くじ】の創設は (2014/1/5)

第165回
 コンクリート天守を追認してきた文化財保護法に対する“そもそも論”を少々 (2013/12/22)

第164回
 推定イラスト/将軍上洛時の小田原城天守の廻縁は、安土城・駿府城とならぶ壮観さか (2013/12/9)

第163回
 【緊急提言】日本の千年の計として、大嘗祭を現存天守台の上で行われんことを提言申し上げます (2013/11/24)

第162回
 層塔型よもやま話 その1・その2 (2013/11/10)

第161回
 さらに深かった?籐堂高虎の超秘策 …その重大さに徳川家康も思わず気付かぬふりを? (2013/10/28) ★

第160回
 「人」が登らない天守への画策か 〜徳川家康と籐堂高虎の密議〜 (2013/10/13) ★

第159回
 またぞろ勢いづく江戸城天守の再建論。家康と高虎が決めた「真四角な」初代天守台を踏まえて考える (2013/9/29)

第158回
 真四角な「御三階」と「層塔型天守」誕生の因果関係 (2013/9/16) ★

第157回
 「本能寺の変」後の安土城には初の「御三階」が? (2013/9/1)

第156回
 戦国ショットガン!?「石落し」をめぐる空想中の空想 (2013/8/18)

第155回
 続々「最後の立体的御殿」…屋根と破風の全貌を推定する (2013/8/4) ★

第154回
 続「最後の立体的御殿」…小堀遠州、大久保長安、という思わぬ人物の関与について (2013/7/21) ★

第153回
 「最後の立体的御殿」のメカニズム 実用上の機能は三重目までで完結していた? (2013/7/7)

第152回
 「居館」という呼称に対する戸惑い… 冷静に見れば、岐阜城千畳敷は「山里丸」ではなかったのか (2013/6/24)

第151回
 イラスト犬山城二重天守に見る、原初的な姿は「天守≠高層建築」 (2013/6/9)

第150回
 大手道の正体!!…犬山城からたどる「直線的城道の作法」という仮説 (2013/5/26)

第149回
 気になる懸造り(かけづくり)の意図…「羅城門」級の大手門の景観 (2013/5/11)

第148回
 まことに興味が尽きなかった城郭史学会の大会から (2013/4/25) ★

第147回
 駿府城天守のまわりは付櫓か? それとも広大な「露台」か!? (2013/4/14)

第146回
 続「究極の立体的御殿」…それが安土城天主の朱柱(しゅばしら)を受け継いだ可能性を想像する (2013/3/31) ★

第145回
 「究極の立体的御殿」駿府城天守を考える (2013/3/17) ★

第144回
 駿府城天守の復元方法をめぐる「小さなコロンブスの卵」 (2013/3/3) ★

第143回
 2012年度リポートをアップしました!! (2013/2/18)

第142回
 先行派生記事…家康の江戸城天守の復元をめぐる紆余曲折を解く (2013/2/5)

第141回
 続・七重の層塔型「屈折」天守と「いちばん小さな天守」をめぐる異論 (2013/1/22)

第140回
 会津若松城「七重」天守の推定イラストをご覧下さい (2013/1/8)

第139回
 北ノ庄城「九重」天守や会津若松城「七重」天守は幻ではない (2012/12/25)

第138回
 続・世界で初めて「台」に載った城砦建築とは (2012/12/4)

第137回
 世界で初めて「台」に載った城砦建築か 安土城天主 (2012/11/21) ★

第136回
 障壁画が無かった暗闇と迷路の五重目は「無」か「乱世」か (2012/11/7)

第135回
 信長の本心…障壁画は見栄えよりも「文字化伝達」が最大の目的だったか (2012/10/23) ★

第134回
 続イラスト解説 なんと三重目に「開かずの祭壇」が?… (2012/10/9)

第133回
 イラスト解説…「安土城天主の内部は薄暗かった?」の重大な意味 (2012/9/24)

第132回
 速報!全景の安土城天主イラストが完成 (2012/9/12)

第131回
 だから豊臣秀吉の天守は物理的機能が「宝物蔵」だけに!? (2012/8/29)

第130回
 本丸に馬場??織田信長の天主構想の解明に向けて (2012/8/14)

第129回
 「階段橋」から安土城天主の階ごとの性格を推理できるか (2012/7/31)

第128回
 安土城の「時期差」問題!それは主郭部にもあった? (2012/7/17)

第127回
 「内玄関」が安土城主郭部の復元のカギを握っている? (2012/7/4) ★

第126回
 続「商人兵」…地中海ローマ帝国も常備軍で維持されていた (2012/6/19)

第125回
 版図拡大は農民兵ならぬ「商人兵」の独壇場だったか (2012/6/6)

第124回
 黄鶴楼(こうかくろう)を笑えない!天守の意味の脱落 (2012/5/24) ★

第123回
 続・西ノ丸天守−−詰ノ丸に天守を上げないスタイルの原型か (2012/5/7)

第122回
 さらにもう一基あった?大坂城天守 〜1596年度年報補筆の不思議〜 (2012/4/24)

第121回
 大坂城天守は「倒壊」したのか イエズス会士の意味深(いみしん)な報告文 (2012/4/10) ★

第120回
 続・熊本城天守は徳川系か! 「四方正面」の最先端に変身していた? (2012/3/27) ★

第119回
 熊本城天守は徳川系の天守??熊本市政の功罪と合わせて考える (2012/3/13)

第118回
 全貌・遠景イラスト 白亜の大城塞も“仮の宿り”だったのか (2012/3/7)

第117回
 遠景イラストで見る遊撃丸 屋根を這う「金龍」 (2012/2/22)

第116回
 天守解説「しゅらく(聚楽)のにもまし申候」の真相 (2012/2/7)

第115回
 2011年度リポートをアップしました!! (2012/1/31)

第114回
 お知らせと記事 <信長廟のナゾの石が「神霊の鎮め石」だとすると…> (2012/1/4)

第113回
 安土城とモン・サン・ミシェル 海を背景にした「空中庭園」 (2011/12/21)

第112回
 水軍大将・菅達長(かん みちなが)は黄金天守を仰ぎ見すぎたのか (2011/12/6)

第111回
 拡充版!の新イラストと共に見る天守台構造 (2011/11/24) ★

第110回
 豊臣大坂城天守の造形の肝(キモ)… 「付櫓」の話 (2011/11/8)

第109回
 新イラスト!秀吉の大坂城天守の<南面>をご覧下さい (2011/10/26)

第108回
 坂本城?長浜城?大津城… 秀吉流天守台の原形を琵琶湖にさぐる (2011/10/6)

第107回
 続・秀吉の“闘う天守”とシャチホコ池 (2011/9/20)

第106回
 秀吉の“闘う天守”が出現した天王山 (2011/9/7)

第105回
 「殿守(てんしゅ)を上げる」若き秀吉のやり方 (2011/8/25)

第104回
 では駿府城の「超巨大天守」は本当に馬鹿げた話なのか (2011/8/8)

第103回
 鎌刃城「大櫓」は本当に天守の発祥なのか (2011/7/25)

第102回
 「天守」は何に一番似ているのか… (2011/7/12) ★

第101回
 続報・皇帝vs八幡神 …大成功?した秀吉の世論誘導 (2011/6/28) ★

第100回
 皇帝vs八幡神 …信長と秀吉の天守にあらわれた人心収らん術の相違 (2011/6/15) ★

第099回
 続・秀吉流天守台 〜消えた「六十一雁木」と鶴岡八幡宮〜 (2011/6/1)

第098回
 天下人の基壇「秀吉流天守台」が存在した!? (2011/5/17) ★

第097回
 会津若松城と大坂城、二つの楼閣の不思議なめぐり合わせ (2011/5/3)

第096回
 工程の推理(3)−銃撃で敵をなぎ倒す詰ノ丸北西虎口の巧みさ− (2011/4/19)

第095回
 窮民を収容した「本願寺城」の都におとらぬ富貴さ! (2011/4/5)

第094回
 望楼のある「極楽橋」は築城当初から存在していた (2011/3/21)

第093回
 全国に広がる「極楽橋」チルドレンの城郭群 (2011/3/9)

第092回
 工程の推理(2)−秀吉時代の大坂城が出来るまで− (2011/2/24)

第091回
 秀吉時代の大坂城が出来るまで−工程の推理(1)− (2011/2/9)

第090回
 2010年度リポートをアップしました!! (2011/1/21)

第089回
 2010年度リポートのお知らせ (2010/12/21)

第088回
 古代中国で「天下」を意味した十字形八角平面 (2010/12/7)

第087回
 信長の行幸御殿か?壮大な「懸造り舞台」を夢想する (2010/11/24)

第086回
 中国皇帝か?キリスト教か?安土城に二つが同居できた理由 (2010/11/9) ★

第085回
 解説!イラスト「白い安土城天主」上層部分 (2010/10/25) ★

第084回
 イラスト「白い安土城天主」作画の経過報告! (2010/10/20)

第083回
 覇城・安土城の山頂にも「大奥」の原形があった! (2010/10/5) ★

第082回
 仇敵・毛利家をも制覇した“信長の作法” (2010/9/22)

第081回
 江戸城天守の立地に隠された“信長の作法” (2010/9/6)

第080回
 それは日本建築史上、最大の楼閣だったか? (2010/8/23)

第079回
 「白い四階建て月見櫓」の立地場所をさぐる (2010/8/9)

第078回
 岐阜に「白い四階建て月見櫓」を考える! (2010/7/26)

第077回
 信長の四階建て楼閣は「月見櫓」ではないのか (2010/7/16)

第076回
 白い銀閣と義政公遠見の櫓が物語るもの (2010/6/28)

第075回
 続・ドンジョンvs天守!翻訳の隠れた意図をさぐる (2010/6/15)

第074回
 ドンジョンvs天守!こんなに違う翻訳語どうし (2010/6/1) ★

第073回
 白い「七重ノ塔」の異様さ (2010/5/17)

第072回
 「腹案アリ」 江戸城の現存天守台が危ない! (2010/5/3)

第071回
 江戸城の現存天守台が危ない!! (2010/4/19)

第070回
 内藤案vs佐藤案 「多角形」天主どうしの対戦は? (2010/4/5)

第069回
 宮上案vs佐藤案は勝負がつかない (2010/3/20) ★

第068回
 ろくろ首のプロポーションは何故なのか (2010/3/8)

第067回
 どの戦で天守が「司令塔」だったのか?? (2010/2/26)

第066回
 天主地階の金灯爐と弾薬庫の矛盾をどうする (2010/2/17)

第065回
 織田信長の「隠し部屋」を発見!? (2010/2/7)

第064回
 まるで動物園!?安土城天主の木像群 (2010/1/24)

第063回
 伝二ノ丸の正体を姫路城からさぐると… (2010/1/17)

第062回
 七重目が「純金の冠」だったワケ (2010/1/11)

第061回
 2009緊急リポートをアップしました!! (2009/12/31)

第060回
 2009緊急リポートのお知らせ (2009/12/28)

第059回
 仮称「表御殿連絡橋」は信長登場の花道か? (2009/12/21) ★

第058回
 安土城の天主台に「清水の舞台」が!? (2009/12/14)

第057回
 タコ足状の階段を周囲に伸ばしていた安土城天主 (2009/12/7)

第056回
 ハイブリッド侍の古代回帰願望? 信長の心を読む (2009/11/30)

第055回
 信長が安土山を「始皇帝の阿房宮」に見立てたのは… (2009/11/23)

第054回
 天守はなぜ「立体的御殿」だったか?という大問題 (2009/11/16)

第053回
 続・正倉院宝物が根こそぎ安土城に運び込まれるとき (2009/11/9)

第052回
 正倉院宝物が根こそぎ安土城天主に運び込まれるとき (2009/11/2) ★

第051回
 戦慄!天主の「蔵」は正倉院と同じ床面積だった (2009/10/27)

第050回
 信長は天主の核心をベールに包んだまま死んだ (2009/10/18)

第049回
 続報・失われた天主「心柱」の歴史 (2009/10/12)

第048回
 映画に登場した天主「心柱」の失われた?歴史 (2009/10/05)

第047回
 二段式の天主台に秘められたナゾ (2009/09/28)

第046回
 安土城「大手道」を天皇はいかに登ったか (2009/09/20)

第045回
 続報・異様な「大手門」は廟所の門構えでは? (2009/09/13)

第044回
 異様な「大手門」は信長の存命中は無かった? (2009/09/07)

第043回
 木版画の正体は安土セミナリヨ?それとも… (2009/08/31)

第042回
 幻の「安土山図屏風」はここにある (2009/08/24) ★

第041回
 ウィンゲの怪??本当に安土城天主なのか… (2009/08/17)

第040回
 続々報・本当に窓が無い?安土城天主の七重目 (2009/08/10)

第039回
 続報・本当に窓が無い?安土城天主の七重目 (2009/08/02)

第038回
 本当に窓が無かった?安土城天主の七重目 (2009/07/27)

第037回
 図解!安土城天主に「八角円堂」は無かった (2009/07/20)

第036回
 天空と一体化する安土城天主の上層階 (2009/07/12)

第035回
 安土城天主に「八角円堂」は無かった! (2009/07/05) ★

第034回
 たった4坪だった?安土城天主の六重目 (2009/06/29)

第033回
 「ドーム」と海外に伝えられた安土城天主 (2009/06/22)

第032回
 実在した「もう一つの吹き抜け」 (2009/06/15)

第031回
 「それ」は文献史料の冒頭に明記されていた (2009/06/07)

第030回
 安土城天主の二大迷宮を解く!! (2009/06/01) ★

第029回
 前説「安土城天主の二大“迷宮”を解く!」 (2009/05/24)

第028回
 その原資料は七重分が描かれてなかった? (2009/05/18)

第027回
 歴史の証言者「池上右平」の功罪 (2009/05/10)

第026回
 さらに続報・安土城と大坂城の天守は… (2009/05/03)

第025回
 続報・安土城と大坂城の天守も相似形 (2009/04/26)

第024回
 安土城と大坂城の天守も相似形だった!? (2009/04/20) ★

第023回
 大坂城に隠された、もう一つの相似形 (2009/04/13)

第022回
 岩山の頂の大天使ミカエルと織田信長 (2009/04/06)

第021回
 織田信長の「空中庭園」は実在した? (2009/03/29)

第020回
 四階建て楼閣が「天主」だった物証は無い (2009/03/22)

第019回
 この世の頂に住まうための高殿 (2009/03/15) ★

第018回
 破風は重要なシグナルを担った (2009/03/06)

第017回
 豊臣秀吉の生涯最大の発見 (2009/02/25)

第016回
 秀吉の天守は“次の攻略目標”を指し示した (2009/02/17) ★

第015回
 天守の「四方正面」が完成するとき (2009/02/08) ★

第014回
 特撮映画の神様がつくった豊臣大坂城 (2009/02/01)

第013回
 『本丸図』天守台の秘密 (2009/01/26)

第012回
 秀吉が遺した十尺間の天守台とは?? (2009/01/21) ★

第011回
 復元画を大きな壁紙サイズで!! (2009/01/15)

第010回
 天守台石垣を鑑賞する (2009/01/08)

第009回
 秀頼再建天守の復元画を大きなサイズで!! (2008/12/23)

第008回
 豊臣大坂城・落城の劇的な瞬間とは? (2008/12/14)

第007回
 渾身のリポートが完成しました!! (2008/12/05)

第006回
 大坂城に七色の天守はあったか? (2008/11/17)

第005回
 リポートこぼれ話#3 (2008/11/07)

第004回
 リポートこぼれ話#2 (2008/10/27)

第003回
 リポートこぼれ話#1 (2008/10/17)

第002回
 リンク集をアップ (2008/10/11)

第001回
 お知らせ (2008/10/09)