ランダム新6

全エントリ記事の一覧

第271回
 19世紀ロマン主義の再建城と戦後日本のコンクリート天守との違い (2018/2/9投稿)

第270回
 大注目の松山城「古本壇」は二重天守の典型か? (2018/1/22投稿)

第269回
 世界一奇妙な城!!…と思いきや。チェコのトロスキー城 (2018/1/10投稿)

第268回
 <新設の当ブログ引越し先にようこそ!!> (2017/12/29投稿)

第267回
 これぞ幻の「小傳主」か――『武徳編年集成』の大胆な読み直し (2017/12/14投稿)

第266回
 当サイト復元の駿府城天守の「銅瓦」屋根について (2017/12/1投稿)

第265回
 続『モンタヌス日本誌』→大坂城天守の記録はまさに「駿府城天守」のことか (2017/11/17投稿)

第264回
 今回は『江戸始図』の補強になるか?『モンタヌス日本誌』の挿絵は予想外に写実的 (2017/11/5投稿)

第263回
 さらなる『江戸始図』の補足を。「刻印」優先論との深刻きわまりないバッティング (2017/10/18)

第262回
 『江戸始図』の「小天守」はどこに消え失せたのか?? (2017/10/13)

第261回
 家康が本当に好んだ天守の姿から問う、「江戸始図」解釈への疑問点 (2017/9/29)

第260回
 「京の城」の伝統的な天守の位置 →聚楽第の「北西隅」はむしろ新機軸の異端か (2017/9/16)

第259回
 ポルトガル海上帝国と「川の城」岐阜城 →あえて「C地区」の構造的な欠陥を疑うと… (2017/9/1)

第258回
 フロイスの岐阜城訪問記には金箔の「瓦」とはどこにも書いてない (2017/8/17)

第257回
 どうして岐阜城で「織田系」金箔瓦が発見されないか (2017/8/3)

第256回
 続々・甲府城「天守」のゆくえ →金箔付きシャチ瓦も「徳川包囲網」の目印だったのか?… (2017/7/20)

第255回
 続・甲府城「天守」のゆくえ →再訪の直感、天守台「穴倉」の内側も“見られること”を意識している (2017/7/8)

第254回
 甲府城「天守」のゆくえ →躑躅(つつじ)ヶ崎館の天守台との関係はどうなっていたのか (2017/6/25)

第253回
 近世城郭の「完全否定」で籠城戦に勝てたのが熊本城か (2017/6/12)

第252回
 これもコンクリート天守の「魔力」がなせる技か… 熊本城天守のすばやい解体と復旧 (2017/5/29)

第251回
 目的地は“東アジアの下克上”か?…満洲族と日本の17世紀「新興軍事政権」 (2017/5/19)

第250回
 肥前名護屋城の出現と「小中華意識」に没入した李氏朝鮮の無反応 (2017/5/4)

第249回
 「布武」には「我が道を歩む」の意味があったなら、死ぬまで「天下布武」印を使い続けたのも納得。 (2017/4/22)

第248回
 中国では古来、兵が蔑視(べっし)されて来たという『<軍>の中国史』から (2017/4/10)

第247回
 せまい本丸で聚楽第行幸は可能だったか?を図上演習してみる (2017/3/24)

第246回
 大名屋敷の面積や伝承地名をふまえて清書(リライト)すると… (2017/3/11)

第245回
 言いそびれてしまった聚楽第の話題を、一回だけ追加させて下さい (2017/2/28)

第244回
 伝二ノ丸に?「我らヨーロッパの庭園とは万事において異なるその清浄で広大な庭」があれば… (2017/2/14)

第243回
 加藤先生の新刊本はまたも、いろいろと別の考え方をインスパイアさせてくれる本でした (2017/1/30)

第242回
 探査で判明した聚楽第「外堀」は、まだ櫓等が完成していなかったとすれば… (2017/1/17)

第241回
 続報――『探幽縮図(たんゆうしゅくず)』がなかなかに興味深い (2017/1/3)

第240回
 手早く筆写された『探幽縮図(たんゆうしゅくず)』がなかなかに興味深い (2016/12/21)

第239回
 問題の「加賀少将邸」四重櫓と萩城天守との構造的な“類似”から言えること (2016/12/7)

第238回
 聚楽第天守台の謎解き【案】 →どこが天下人の「宿所」かの変遷(へんせん)から (2016/11/23)

第237回
 加藤先生の『日本から城が消える』との懸念には、もう一つのおぞましき結論も? (2016/11/2)

第236回
 信雄(のぶかつ)時代の清須城も? 外様の大大名の城はそろって「小天守」のみか (2016/10/26)

第235回
 大和郡山城天守をそのまま移築した徳川家康の「ねらい」が見えた (2016/10/12)

第234回
 「革命」は 信長→秀吉→三成 の三人で完成されるはずだった? 時空を超えた<石田三成≒大久保利通>説 (2016/9/27)

第233回
 徳川家康の画期的な着眼か→ 四方正面(八棟造り)は平城の「求心性の自己表現」にもなる? (2016/9/14) ★

第232回
 ならば聚楽第チルドレンの筆頭・天正期の駿府城には「小天守」とともに大天守もあったのか (2016/8/29) ★

第231回
 毛利輝元らは聚楽第で天守を見ていなかった!? とすれば… 広島城天守をめぐる “ぬぐえぬ疑問” (2016/8/15)

第230回
 最上階にやはり白鷺(しらさぎ)の絵 → 問題の層塔型「御三階」の構造を推理する (2016/8/2) ★

第229回
 後継者・秀次の墓穴(ぼけつ)――最大の過失は、洛中に強固な「城」を築いてしまったこと?? (2016/7/15)

第228回
 異例の側室・摩阿(まあ)姫が住んだ「京都天主」「聚楽天主」の正体 (2016/7/4)

第227回
 40m四方の天守台!? →『聚楽第図屏風』には天守が描かれていないのかもしれない… (2016/6/20)

第226回
 驚嘆、信長の「天下」観念は今日にも通じているのか… (2016/6/9)

第225回
 話題の「旧二条城」と岐阜城と小牧山城の“合体形”として安土城は出来上がった? (2016/5/25)

第224回
 続々・信長の「天下」――安土城天主は天皇の行幸殿の上にそびえ立ち、見おろしていた、とする見方の多大な影響 (2016/5/10)

第223回
 続・信長の「天下」とは――せっかく築いた小牧山城と城下をなぜ4年で捨てたのか? (2016/4/25)

第222回
 信長の「天下」とは――いつごろまで「天下布武」印を使ったのか?という素朴な疑問から (2016/4/11) ★

第221回
 続・豊臣大坂城天守も階段群が2系統 →「2系統なのは何階までか?」で各天守を区分すると… (2016/3/29)

第220回
 豊臣大坂城天守も階段群が2系統か →ならば建物の造りは「立体的御殿」のうち?? (2016/3/16) ★

第219回
 幕末、幻の大阪籠城戦での「大狭間筒vsエンフィールド銃」の勝負を夢想すると… (2016/3/1)

第218回
 幻の石山本願寺城から ブータンの要塞寺院「ゾン」へ (2016/2/10)

第217回
 続・時系列のイラストで追う豊臣大坂城 …二代目の秀頼が増築した千畳敷「二階」は広大無縁な真っ暗闇か (2016/1/26)

第216回
 時系列のイラストで追う豊臣大坂城の姿 …最大の謎「千畳敷は地震で倒壊したのか?」を焦点に (2016/1/11) ★

第215回
 正確な極楽橋の描写は、瓦葺きではなく、総「檜皮(ひわだ)」葺きで描いた方か (2015/12/24) ★

第214回
 前回記事の部分訂正=「文献どおりの豪華さ」は極楽橋ではなくて千畳敷に付設の廊下橋のはずなので… (2015/12/11)

第213回
 オーストリアの大坂図屏風に見て取れる“豊臣残党狩り”の影? (2015/11/30)

第212回
 議論があった<江戸城の表門は半蔵門>説との関連で申せば… (2015/11/17) ★

第211回
 宿題の“本丸北部説に対する反論”を申し上げますと… (2015/11/1)

第210回
 名古屋城や八代城とまるで同じ形式?… 江戸城「元和度天守」も本丸の北西隅の連結式天守だったか (2015/10/18)

第209回
 拡張された江戸城本丸の北部に「元和度天守」はあった、という定説に対する疑問を少々 (2015/10/2)

第208回
 元和度「五重天守」の建造と同時進行で、西ノ丸に隠居した二代将軍・徳川秀忠 (2015/9/18)

第207回
 歴史的発言にまつわる疑惑 …保科正之の「天守はただ観望に備うるのみ」の「観望」は古語には存在しない語句!!? (2015/9/4) ★

第206回
 釈明を兼ねた独自仮説――沼田城には関東の「北辺」を守備する四重五階の天守がそびえていた (2015/8/21)

第205回
 伝説の「静勝軒」と同じ景勝を…… 関東の「御三階櫓」の建築的条件は富士山や筑波山の眺望のみ? (2015/8/11)

第204回
 譜代大名があこがれた「富士見櫓」は太田道灌の江戸城の「高台」だったとすると… (2015/7/26)

第203回
 続・臣下の五重天守をめぐる印象論 →海外への拡張政策の道を閉ざされた天守配置の様変わり (2015/7/10)

第202回
 臣下の五重天守をめぐる印象論=天下人の府城からの「距離」は関係していなかったのだろうか (2015/6/27)

第201回
 精神的には岐阜城の山頂天守の方が安土城よりもラジカルだったか… と思わせる織田信長の問いかけ (2015/6/12)

第200回
 「シロ」(城)は「キャッスル」と兄弟関係にあたる外来語!!!という驚天動地の異説 (2015/5/29)

第199回
 話題の真田丸→ 千田案・ジオラマ・坂井案・歴史群像6月号と色々と出たなかで… (2015/5/16)

第198回
 いわゆる「唐造り」は本来、意匠なのか? 防御装置なのか? (2015/5/2)

第197回
 どうも気がかりで急拠UP <佐賀城天守も天守台上に「空地」がめぐっていたのでは…>という心に消えない疑問 (2015/4/21)

第196回
 そして岐阜城の山頂天守と策彦周良(さくげん しゅうりょう)を結びつけると… (2015/4/3) ★

第195回
 岐阜城の劇的な高低差こそ「立体的御殿」を一段と進化させたはず (2015/3/20) ★

第194回
 例えて言えば織田信長の天鏡閣?…岐阜城千畳敷C地区の御殿をめぐる妄想 (2015/3/7)

第193回
 名古屋城の新・旧天守における「階段」とエレベーターの使われ方 (2015/2/21)

第192回
  糸杉が描かれた「死の島」と大坂夏の陣図屏風の天守 (2015/2/3)

第191回
 【続報!!】予告のリポート「秀吉の大坂城・前篇」がWeb形式になりました (2015/1/23)

第190回
 【お知らせ】2008年の「渾身の第1弾リポート」がWeb形式になりました!! (2015/1/1)

第189回
 続・豊臣秀長の遺産…“オール礎石”の石垣へ!? 城郭の「切石」普及のきっかけをめぐる夢想 (2014/12/15)

第188回
 豊臣秀長の遺産…雄大な「帯曲輪」や「切石」も継承されたのか (2014/11/28)

第187回
 あえてイラスト化する「初めて見た四方正面の天守…」徳川家康の心象風景 (2014/11/10)

第186回
 世紀の大予言 的中。話題の大和郡山城の発掘成果では「新たな注意点」も (2014/10/21)

第185回
 ついに2013−2014年度リポートをアップしました!! (2014/10/4)

第184回
 世界の中での「天守」…西欧の美しい城館は決して領民に見せるための建築ではなかったということ (2014/9/15)

第183回
 世界の中でのニッポンの「天守」 (2014/9/1)

第182回
 続々「金頂」の御座としての最上階…正体不明の「鐘」はついに一度も鳴らなかった? (2014/8/17)

第181回
 続「金頂」の御座としての最上階 永楽帝のタワーリング・パレスとの比較から (2014/8/4)

第180回
 「金頂」の御座としての最上階を想像する (2014/7/19) ★

第179回
 六重目(五階)の「千本の矢」…スサノオを天で待ち受ける軍装のアマテラス (2014/7/7) ★

第178回
 再吟味!「五重め(四階) 御絵ハなし」の実相 (2014/6/23) ★

第177回
 ならば立体的御殿の三階は「茶の湯御政道」の本拠地か (2014/6/9)

第176回
 立体的御殿における「御上」(おうえ)の存在感 (2014/5/25)

第175回
 続・幻の福岡城天守と「切妻破風」 …空とぶ絵師は何を描いたのか (2014/5/11)

第174回
 幻の福岡城天守と「切妻破風」をめぐる戯れ言(ざれごと)をひとつ (2014/4/26)

第173回
 高精度VR安土城“コンペ落ち企画書”より もう時効でしょうから記事にいたしますと… (2014/4/12)

第172回
 階段の位置が示していたはず?の「立体的御殿」の使い方 (2014/3/30)

第171回
 「立体的御殿」出現のメカニズムを解く? 天主取付台の見直し (2014/3/17)

第170回
 小牧山城でおぼろげに感知できる立体的御殿(天守)造型のDNA (2014/3/3) ★

第169回
 天守は「台」の方が重要かもしれない、という観点から小牧山城の歴史的発見を見れば… (2014/2/17)

第168回
 いよいよ論議すべき、「復元」ではなくて「仮想再建」だという実態 (2014/2/2)

第167回
 ひと目でわかる、江戸城の寛永度天守台と現存天守台はまったくの別物 (2014/1/19)

第166回
 名案か!!【天守「木造化」宝くじ】の創設は (2014/1/5)

第165回
 コンクリート天守を追認してきた文化財保護法に対する“そもそも論”を少々 (2013/12/22)

第164回
 推定イラスト/将軍上洛時の小田原城天守の廻縁は、安土城・駿府城とならぶ壮観さか (2013/12/9)

第163回
 【緊急提言】日本の千年の計として、大嘗祭を現存天守台の上で行われんことを提言申し上げます (2013/11/24)

第162回
 層塔型よもやま話 その1・その2 (2013/11/10)

第161回
 さらに深かった?籐堂高虎の超秘策 …その重大さに徳川家康も思わず気付かぬふりを? (2013/10/28) ★

第160回
 「人」が登らない天守への画策か 〜徳川家康と籐堂高虎の密議〜 (2013/10/13) ★

第159回
 またぞろ勢いづく江戸城天守の再建論。家康と高虎が決めた「真四角な」初代天守台を踏まえて考える (2013/9/29)

第158回
 真四角な「御三階」と「層塔型天守」誕生の因果関係 (2013/9/16) ★

第157回
 「本能寺の変」後の安土城には初の「御三階」が? (2013/9/1)

第156回
 戦国ショットガン!?「石落し」をめぐる空想中の空想 (2013/8/18)

第155回
 続々「最後の立体的御殿」…屋根と破風の全貌を推定する (2013/8/4) ★

第154回
 続「最後の立体的御殿」…小堀遠州、大久保長安、という思わぬ人物の関与について (2013/7/21) ★

第153回
 「最後の立体的御殿」のメカニズム 実用上の機能は三重目までで完結していた? (2013/7/7)

第152回
 「居館」という呼称に対する戸惑い… 冷静に見れば、岐阜城千畳敷は「山里丸」ではなかったのか (2013/6/24)

第151回
 イラスト犬山城二重天守に見る、原初的な姿は「天守≠高層建築」 (2013/6/9)

第150回
 大手道の正体!!…犬山城からたどる「直線的城道の作法」という仮説 (2013/5/26)

第149回
 気になる懸造り(かけづくり)の意図、「羅城門」級の大手門の景観 (2013/5/11)

第148回
 まことに興味が尽きなかった城郭史学会の大会から (2013/4/25) ★

第147回
 駿府城天守のまわりは付櫓か? それとも広大な「露台」か!? (2013/4/14)

第146回
 続「究極の立体的御殿」…それが安土城天主の朱柱(しゅばしら)を受け継いだ可能性を想像する (2013/3/31) ★

第145回
 「究極の立体的御殿」駿府城天守を考える (2013/3/17) ★

第144回
 駿府城天守の復元方法をめぐる「小さなコロンブスの卵」 (2013/3/3) ★

第143回
 2012年度リポートをアップしました!! (2013/2/18)

第142回
 先行派生記事…家康の江戸城天守の復元をめぐる紆余曲折を解く (2013/2/5)

第141回
 続・七重の層塔型「屈折」天守と「いちばん小さな天守」をめぐる異論 (2013/1/22)

第140回
 会津若松城「七重」天守の推定イラストをご覧下さい (2013/1/8)

第139回
 北ノ庄城「九重」天守や会津若松城「七重」天守は幻ではない (/12/25)

第138回
 続・世界で初めて「台」に載った城砦建築とは (2012/12/4)

第137回
 世界で初めて「台」に載った城砦建築か 安土城天主 (2012/11/21) ★

第136回
 障壁画が無かった暗闇と迷路の五重目は「無」か「乱世」か (2012/11/7)

第135回
 信長の本心…障壁画は見栄えよりも「文字化伝達」が最大の目的だったか (2012/10/23) ★

第134回
 続イラスト解説 なんと三重目に「開かずの祭壇」が?… (2012/10/9)

第133回
 イラスト解説…「安土城天主の内部は薄暗かった?」の重大な意味 (2012/9/24)

第132回
 速報!全景の安土城天主イラストが完成 (2012/9/12)

第131回
 だから豊臣秀吉の天守は物理的機能が「宝物蔵」だけに!? (2012/8/29)

第130回
 本丸に馬場??織田信長の天主構想の解明に向けて (2012/8/14)

第129回
 「階段橋」から安土城天主の階ごとの性格を推理できるか (2012/7/31)

第128回
 安土城の「時期差」問題!それは主郭部にもあった? (2012/7/17)

第127回
 「内玄関」が安土城主郭部の復元のカギを握っている? (2012/7/4) ★

第126回
 続「商人兵」…地中海ローマ帝国も常備軍で維持されていた (2012/6/19)

第125回
 版図拡大は農民兵ならぬ「商人兵」の独壇場だったか (2012/6/6)

第124回
 黄鶴楼(こうかくろう)を笑えない!天守の意味の脱落 (2012/5/24) ★

第123回
 続・西ノ丸天守−−詰ノ丸に天守を上げないスタイルの原型か (2012/5/7)

第122回
 さらにもう一基あった?大坂城天守 〜1596年度年報補筆の不思議〜 (2012/4/24)

第121回
 大坂城天守は「倒壊」したのか イエズス会士の意味深(いみしん)な報告文 (2012/4/10) ★

第120回
 続・熊本城天守は徳川系か 「四方正面」の最先端に変身していた!? (2012/3/27) ★

第119回
 熊本城天守は徳川系の天守??熊本市政の功罪と合わせて考える (2012/3/13)

第118回
 全貌・遠景イラスト 白亜の大城塞も“仮の宿り”だったのか (2012/3/7)

第117回
 遠景イラストで見る遊撃丸 屋根を這う「金龍」 (2012/2/22)

第116回
 天守解説「しゅらく(聚楽)のにもまし申候」の真相 (2012/2/7)

第115回
 2011年度リポートをアップしました!! (2012/1/31)

第114回
 お知らせと記事 <信長廟のナゾの石が「神霊の鎮め石」だとすると…> (2012/1/4)

第113回
 安土城とモン・サン・ミシェル <うみ>を背景にした「空中庭園」 (2011/12/21)

第112回
 水軍大将・菅達長(かん みちなが)は黄金天守を仰ぎ見すぎたのか (2011/12/6)

第111回
 拡充版!の新イラストと共に見る天守台構造 (2011/11/24) ★

第110回
 豊臣大坂城天守の造形の肝(キモ)… 「付櫓」の話 (2011/11/8)

第109回
 新イラスト!秀吉の大坂城天守の<南面>をご覧下さい (2011/10/26)

第108回
 坂本城?長浜城?大津城… 秀吉流天守台の原形を琵琶湖にさぐる (2011/10/6)

第107回
 続・秀吉の“闘う天守”とシャチホコ池 (2011/9/20)

第106回
 秀吉の“闘う天守”が出現した天王山 (2011/9/7)

第105回
 「殿守(てんしゅ)を上げる」若き秀吉のやり方 (2011/8/25)

第104回
 では駿府城の「超巨大天守」は本当に馬鹿げた話なのか (2011/8/8)

第103回
 鎌刃城「大櫓」は本当に天守の発祥なのか (2011/7/25)


 「天守」は何に一番似ているのか… (2011/7/12) ★

第101回
 続報・皇帝vs八幡神 …大成功?した秀吉の世論誘導 (2011/6/28) ★

第100回
 皇帝vs八幡神 …信長と秀吉の天守にあらわれた人心収らん術の相違 (2011/6/15) ★

第099回
 続・秀吉流天守台 〜消えた「六十一雁木」と鶴岡八幡宮〜 (2011/6/1)

第098回
 天下人の基壇「秀吉流天守台」が存在した!? (2011/5/17) ★

第097回
 会津若松城と大坂城、二つの楼閣の不思議なめぐり合わせ (2011/5/3)

第096回
 工程の推理(3)−銃撃で敵をなぎ倒す詰ノ丸北西虎口の巧みさ− (2011/4/19)

第095回
 窮民を収容した「本願寺城」の都におとらぬ富貴さ! (2011/4/5)

第094回
 望楼のある「極楽橋」は築城当初から存在していた (2011/3/21)

第093回
 全国に広がる「極楽橋」チルドレンの城郭群 (2011/3/9)

第092回
 工程の推理(2)−秀吉時代の大坂城が出来るまで− (2011/2/24)

第091回
 秀吉時代の大坂城が出来るまで−工程の推理(1)− (2011/2/9)

第090回
 2010年度リポートをアップしました!! (2011/1/21)

第089回
 2010年度リポートのお知らせ (2010/12/21)

第088回
 古代中国で「天下」を意味した十字形八角平面 (2010/12/7)

第087回
 信長の行幸御殿か?壮大な「懸造り舞台」を夢想する (2010/11/24)

第086回
 中国皇帝か?キリスト教か?安土城に二つが同居できた理由 (2010/11/9) ★

第085回
 解説!イラスト「白い安土城天主」上層部分 (2010/10/25) ★

第084回
 イラスト「白い安土城天主」作画の経過報告! (2010/10/20)

第083回
 覇城・安土城の山頂にも「大奥」の原形があった! (2010/10/5) ★

第082回
 仇敵・毛利家をも制覇した“信長の作法” (2010/9/22)

第081回
 江戸城天守の立地に隠された“信長の作法” (2010/9/6)

第080回
 それは日本建築史上、最大の楼閣だったか? (2010/8/23)

第079回
 「白い四階建て月見櫓」の立地場所をさぐる (2010/8/9)

第078回
 岐阜に「白い四階建て月見櫓」を考える! (2010/7/26)

第077回
 信長の四階建て楼閣は「月見櫓」ではないのか (2010/7/16)

第076回
 白い銀閣と義政公遠見の櫓が物語るもの (2010/6/28)

第075回
 続・ドンジョンvs天守!翻訳の隠れた意図をさぐる (2010/6/15)

第074回
 ドンジョンvs天守!こんなに違う翻訳語どうし (2010/6/1) ★

第073回
 白い「七重ノ塔」の異様さ (2010/5/17)

第072回
 「腹案アリ」 江戸城の現存天守台が危ない! (2010/5/3)

第071回
 江戸城の現存天守台が危ない!! (2010/4/19)

第070回
 内藤案vs佐藤案 「多角形」天主どうしの対戦は? (2010/4/5)

第069回
 宮上案vs佐藤案は勝負がつかない (2010/3/20) ★

第068回
 ろくろ首のプロポーションは何故なのか (2010/3/8)

第067回
 どの戦で天守が「司令塔」だったのか?? (2010/2/26)

第066回
 天主地階の金灯爐と弾薬庫の矛盾をどうする (2010/2/17)

第065回
 織田信長の「隠し部屋」を発見!? (2010/2/7)

第064回
 まるで動物園!?安土城天主の木像群 (2010/1/24)

第063回
 伝二ノ丸の正体を姫路城からさぐると… (2010/1/17)

第062回
 七重目が「純金の冠」だったワケ (2010/1/11)

第061回
 2009緊急リポートをアップしました!! (2009/12/31)

第060回
 2009緊急リポートのお知らせ (2009/12/28)

第059回
 仮称「表御殿連絡橋」は信長登場の花道か? (2009/12/21) ★

第058回
 安土城の天主台に「清水の舞台」が!? (2009/12/14)

第057回
 タコ足状の階段を周囲に伸ばしていた安土城天主 (2009/12/7)

第056回
 ハイブリッド侍の古代回帰願望? 信長の心を読む (2009/11/30)

第055回
 信長が安土山を「始皇帝の阿房宮」に見立てたのは… (2009/11/23)

第054回
 天守はなぜ「立体的御殿」だったか?という大問題 (2009/11/16)

第053回
 続・正倉院宝物が根こそぎ安土城に運び込まれるとき (2009/11/9)

第052回
 正倉院宝物が根こそぎ安土城天主に運び込まれるとき (2009/11/2) ★

第051回
 戦慄!天主の「蔵」は正倉院と同じ床面積だった (2009/10/27)

第050回
 信長は天主の核心をベールに包んだまま死んだ (2009/10/18)

第049回
 続報・失われた天主「心柱」の歴史 (2009/10/12)

第048回
 映画に登場した天主「心柱」の失われた?歴史 (2009/10/05)

第047回
 二段式の天主台に秘められたナゾ (2009/09/28)

第046回
 安土城「大手道」を天皇はいかに登ったか (2009/09/20)

第045回
 続報・異様な「大手門」は廟所の門構えでは? (2009/09/13)

第044回
 異様な「大手門」は信長の存命中は無かった? (2009/09/07)

第043回
 木版画の正体は安土セミナリヨ?それとも… (2009/08/31)

第042回
 幻の「安土山図屏風」はここにある (2009/08/24) ★

第041回
 ウィンゲの怪??本当に安土城天主なのか… (2009/08/17)

第040回
 続々報・本当に窓が無い?安土城天主の七重目 (2009/08/10)

第039回
 続報・本当に窓が無い?安土城天主の七重目 (2009/08/02)

第038回
 本当に窓が無かった?安土城天主の七重目 (2009/07/27)

第037回
 図解!安土城天主に「八角円堂」は無かった (2009/07/20)

第036回
 天空と一体化する安土城天主の上層階 (2009/07/12)

第035回
 安土城天主に「八角円堂」は無かった! (2009/07/05) ★

第034回
 たった4坪だった?安土城天主の六重目 (2009/06/29)

第033回
 「ドーム」と海外に伝えられた安土城天主 (2009/06/22)

第032回
 実在した「もう一つの吹き抜け」 (2009/06/15)

第031回
 「それ」は文献史料の冒頭に明記されていた (2009/06/07)

第030回
 安土城天主の二大迷宮を解く!! (2009/06/01) ★

第029回
 前説「安土城天主の二大“迷宮”を解く!」 (2009/05/24)

第028回
 その原資料は七重分が描かれてなかった? (2009/05/18)

第027回
 歴史の証言者「池上右平」の功罪 (2009/05/10)

第026回
 さらに続報・安土城と大坂城の天守は… (2009/05/03)

第025回
 続報・安土城と大坂城の天守も相似形 (2009/04/26)

第024回
 安土城と大坂城の天守も相似形だった!? (2009/04/20) ★

第023回
 大坂城に隠された、もう一つの相似形 (2009/04/13)

第022回
 岩山の頂の大天使ミカエルと織田信長 (2009/04/06)

第021回
 織田信長の「空中庭園」は実在した? (2009/03/29)

第020回
 四階建て楼閣が「天主」だった物証は無い (2009/03/22)

第019回
 この世の頂に住まうための高殿 (2009/03/15) ★

第018回
 破風は重要なシグナルを担った (2009/03/06)

第017回
 豊臣秀吉の生涯最大の発見 (2009/02/25)

第016回
 秀吉の天守は“次の攻略目標”を指し示した (2009/02/17) ★

第015回
 天守の「四方正面」が完成するとき (2009/02/08) ★

第014回
 特撮映画の神様がつくった豊臣大坂城 (2009/02/01)

第013回
 『本丸図』天守台の秘密 (2009/01/26)

第012回
 秀吉が遺した十尺間の天守台とは?? (2009/01/21) ★

第011回
 復元画を大きな壁紙サイズで!! (2009/01/15)

第010回
 天守台石垣を鑑賞する (2009/01/08)

第009回
 秀頼再建天守の復元画を大きなサイズで!! (2008/12/23)

第008回
 豊臣大坂城・落城の劇的な瞬間とは? (2008/12/14)

第007回
 渾身のリポートが完成しました!! (2008/12/05)

第006回
 大坂城に七色の天守はあったか? (2008/11/17)

第005回
 リポートこぼれ話#3 (2008/11/07)

第004回
 リポートこぼれ話#2 (2008/10/27)

第003回
 リポートこぼれ話#1 (2008/10/17)

第002回
 リンク集をアップ (2008/10/11)

第001回
 お知らせ (2008/10/09)